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古枕写真集
【はしがき】

 衣類と比べて寝具についての研究は昔も今も少ない。それが枕ともなると寝具の中ではもっとも身近で長い歴史がありながらいっそう少なくなる。
 最近ようやく枕についての歴史や科学的研究についての関心が持たれるようになったことは喜ばしいことである。

 枕は化石人類の大昔から生活必需品として毎日使われている。それぞれの時代の風俗、習慣や流行、個人の趣味・職業、更には国、民俗、地域、生活環境の変化、その他様々な違いから、材料や作り方、形や使い方なども色々で驚くほど種類も多い。

 今は枕の多くは専門工場で作られているが、昭和の初め頃までは主婦が家族中の枕を作ったので、何気ない枕でも手持ちの端布や身近にある色々な材料を使って家族の一人一人に合わせた工夫がされている。

 また職人によって作られた枕も手作りが主なので種類こそ多いが種類ごとの数は多くない。材料や作り方なども各地方での特色や技術の違いもあってどれも興味深いものがある。 時代によって変化するが形や構造、材質や作り方などが急に変化するものではなく、それぞれの時代の社会的変化に応じて年月をかけ少しずつ、ゆっくりと変わってゆくものであり、同じ種類の枕でも地域や流行、職業などによって変化の早いものや遅いものなどがあって時代考証ともなると難しいことが多い。

 このような変化は昔に比べるとサイクルは短いが現代の枕についても同じことが言える。江戸時代中期から明治にかけては日本人特有の髷(まげ)にも変化の多い時代で、男女ともさまざまな髷の流行とともに髪型の保護することもあって、色々な形の枕が作られ、使われた。この頃が日本の枕が一番変化に富んだ時代でもある。

 枕の名称については分かっているものはこれにならい、不明のものは私なりに分類して名称をつけた。しかし、これが全部適切であるとは思っていないので、これからも新しいものを見つけたり、見聞を広めたりして多くの人々の協力を得て将来は適宜補正したいと思っている。

 古い枕を収集しながら感じたことは、枕の多くは美術品としても骨董品としても金銭的価値が乏しいので、古いものはほとんど捨てられたり、焼かれたりして保存されているものが以外と少ないことである。身近にあって毎日使われる割には、なぜか後始末が十分でない。これは他の多くの民具についても言えることである。

 1957年から私が収集した枕と関係品は1000個を超えるようになった。

 50〜200年以前の日本の枕が主で700個ほどがある。他は新旧の外国のものや日本の各地で特産品として作られているものである。この写真集が枕や寝具に関心を持ち、研究されておられる方々の参考になれば幸いである。
【昔の枕売り】
 枕売りがいつ頃から始まったかは不明だが、鎌倉時代の枕売りとして「七十一番歌合」「群書類従」に木枕の図がある。江戸時代には商業も盛んになり、江戸下期には髪形の流行もあって、箱枕や撥(ばち)形枕などの需要も多くなった。「式亭雑記、文化七年庚午六月、式亭自記干時三十五齢」には「去年[文化六年(1809年)]の歳暮より此春[文化七年(1810年)]にかけて、三十八文見せ(店)という商人大いに行われり。小間物類しなじなほしみせ(乾店、露店)に並べ、価をば三十八文と定め商う事也。塗り枕、あぶりこ(炙子、餅網焼)、櫛(くし)、かんざし、茶ほうじ、小児の手遊道具類・・・」とあり、三十八文均一店で記の塗り枕が売られていた。

 又商人の呼び声には「あぶりこでも金網でも三十八文、ほうろく(焙烙、ふちの浅委い素焼きの鍋)に茶ほうじ添えて三十八文、銀のかんざしに小枕(くくり小枕)をつけて三十八文・・・」とある(カッコ内は筆者記入)。

 昭和の初め頃まで一般に多く使われた坊主枕(くくり枕)などは、主婦が家の中にある布切れや古着を活用して側布を作り、これにもみがら、ソバがら、茶がらなど身近にある詰め物を使って家族の一人一人に合わせて作ったので、様々な工夫がこらされたものがある。蒲団店(寝装店の名称は新しい)ではソバがらを小袋に詰めて売っていた。
【木 枕】
 木枕は1個の木又は継ぎ合わせて1個にした木を加工した枕である。

 初期の丸太を切っただけの簡単な者から江戸時代に見られるような手の込んだ撥枕まで種類が多い。江戸時代では撥枕は箱枕と共に髪型の保護もあって髷の大きい武士や日本髪の女性に広く使われたので、髷の流行と共に、高い、低い、細い、太いなど様々な枕が作られた。これにつけた“くくり小枕”についても平ら、太い、細かいなどの編かがあった。また安土形箱枕に見られるような家紋入りの撥形枕も多い。

 丸木形、半丸木形、臼形、鼓形、豆形、角形、かまぼこ形、半月形、趣味の枕、撥形、安土形、三角形、長枕などがあり、それぞれの形の中でも平底、船底、底かど角型、丸型など改良されたさまざまな型がある。

 主な材質はキリ、ケヤキ、スギ、ホウ、アスナロ(ヒバ)、ヒノキ、カシワ、マツ、ツゲ、クスノキ、クワなど種類は多い。また木枕はヒノキ枕、キリ枕、スギ枕などと材質でもよばれる。